2018/09/21

樹木希林さん「私の中の当たり前」


 


「不登校新聞」という新聞があります。

その中で、樹木希林さんの基調講演の書きおろしの記事がありました。

2015年8月22日
登校拒否・不登校を考える全国合宿in山口/基調講演「私の中の当り前」より

興味のある方は、こちらをご覧ください。
http://blog.yumekosan.com/Entry/1615/

2018/09/06

《今だけは》


 


「だっこして~! だっこがいい~!!」と
泣き叫ぶ声がきこえている

たえかねて ベランダに出た
6階から見下ろすと
白いおくるみの赤ちゃんをかかえたお母さんと
ちょっと前を歩くお父さん

そのあいだを 3才くらいの女の子が
お母さんのとなりで
それからお父さんにかけよって

「だっこして~! だっこがいい~!!」と
歩きながら 身をよじるようにして泣き叫んでいる

おねえちゃんになったんだもの
いつもがまんしているけど
今だけは 今だけは
だっこしてほしいんだよね

そのきもち
おとなになっても 
たいてい ずっと持っている

私も やり残したことがある・・・


お父さん

ちょっとだけでも
ぎゅっと
だきしめてあげてくれませんか

この子の 一生を



~ゆめこのひとりごと~
http://blog.yumekosan.com/Entry/377/

2018/09/03

『あーたんの魔法』

 



(娘のface bookより引用 )

・・・・・・・・・・・・・

【この魔法、まだ健在ww】

小3になった今でもまだ、
この魔法は健在ww
(今はムスメにも効果絶大w)

ムスコ『もぉ〜〜ヤメテェェ(≧∇≦)』
って
悲鳴をあげながら、
その顔がもう笑ってるってゆーねw

・・・・・・・・・・・

『あーたんの魔法』

ときどきウソをつくことがあるムスコ。
もちろん、まだまだ可愛いウソ。
「もう、はをみがいたよ」
「きょう、まだ あいすたべてないよ」

そんなとき、魔法をかけます。
『よし、ウソついてたら笑っちゃう魔法、かけちゃうぞ〜』

すると、言い終わらぬうちに、こんな顔(≧mm≦)
なんとかガマンしようとするのが可愛くておかしくて❗️(≧∇≦)

*********
きっと私も、親にはどんなウソも見透かされていたんだろうなと
今更ながらに思うムスメでありました(⌒-⌒; )




・・・・・・・・・・

そんなことは 
もうすっかり忘れてしまった母でありました  (ゆめこ)

2018/07/29

育児は育自


 


子どもが来てくれて 
わたしたちは親になったの

だから 
子どもの年齢と 親年齢はいっしょ
いくつになっても ずっと 同い年

だから 
子どもの誕生日が 親としての誕生日

子どもが1歳になったら 
ようやく親も1歳

子どもが歩き出したら 
ようやく親も歩き出したところ

親は先輩だけれど
子どもよりエライわけじゃない

赤ちゃんは 小さいけれど
劣っているわけじゃない

なにひとつ出来ないことで
あなたの愛を 引き出してる

一番新しい情報をたずさえて
もっとシンプルに もっと楽に
もっと自分を愛して 
もっともっと幸せに生きられるように
それを伝えたくて あなたを親に決めた

あなたは 子どもにとって
一番早く幸せにしたい 大好きな人

完成されているからではなくて
ともに学ぶために選ばれた

選ばれた親として 
自信と 感謝と 愛をもって
子どもと一緒に 成長していけばいい

あなたの寂しさや 自信のなさや
自分をいじめるクセなど
子どもはみんな承知のうえで
あなたに決めたのだから

知ったかぶりもいらないし
できるふりもいらないよ

いいお母さんにならなくていいし
いっぱいいっぱいなあなたを
こどもは ちゃんと赦してる

「ありがとう」の感謝を忘れず
「ごめんね」を言う勇気や素直さ
「いいよ」と言えるやさしさを学んで

誰でも強さと弱さを持っていることを知り
ありのままの自分やひとを受け入れて
自分を好きでいられる生き方をする

そんな「幸せの見本」が そばにあったら
子どもは どれだけ安心でしょうか

「育児」は 子どもと一緒に自分も育って
「自分を幸せにすること」じゃないかしら



2018/06/26

みんな違っていてあたりまえ

 三つ子で生まれたって


おんなじお腹から
同じ日に 1時間の間に生まれたのに
体重も 身長も 声の大きさも
生まれた状態も 血液型さえ違ってた

同じミルクを 同じ時間に飲ませているのに
オムツを取り換える時
身体の匂いが違ってた

おしっこもウンチも
匂いも硬さも 間隔も違ってた
腸内細菌も違ってたんだろうと思う

お腹がすいたときも
口に哺乳瓶の乳首が入るまで泣き続ける子もいれば
声をかけると泣き止む子もいれば
最初からちょっと口をへの字に曲げただけで
あとは じっとがまんの子もいた

性格もぜんぜん違ってた
ひとりで遊ぶ子
ひとのおもちゃをとりあげる子
相手が欲しいものは捧げて差し出す子

顔も 背丈も 体質も
みんな違ってた
同じところをさがすほうがむずかしい
というか 私には見当たらない

三つ子でさえそうなのだから

歳の差のあるきょうだいは
親の妊娠中の精神状態から
出産後の環境の差や
1人目か 2人目か 3人目かなどで
同じ親でも扱い方が違ってくるから なおのこと
違っていてあたりまえ

ましてや 親が違っていれば
違った食事 違った言葉を聞いて育った子どもたちは 
ますます千差万別であたりまえ

そうした子どもたちに
同じことをやらせて
比べたり 競い合わせたりすることに
どんな意味があるのだろうか

お母さん
よその子と比べる必要はないよ
というより
比べられないよ

ほかの子と同じようにするためになんて
誰も生まれてきてないよ

どの子もみんな ひとりひとり
自分が選んだ持ち物で
自分が選んだコースを
自分の好きな跳び方で越えていく
そんな冒険の旅

どの子の持ち物も
ほんとすてきなんだよね~♥


「ぼくは ぼくになりたくて ぼくをえらんだ
 ぼくには得意なことと 苦手なことがある
 得意なことをいっぱいやって みんなを喜ばせるために来た

 でも ぼくは苦手を得意にするために
 毎日 苦手なことばっかりいっぱいやっていて
 得意なことで みんなを喜ばせるひまがない 
 
 ママや先生は ぼくがえらんだぼくじゃなくて
 ぜんぶ得意なひとになりなさい って

 ぼくじゃあ ママはしあわせじゃないんだ・・」


そう言った福山の男の子の顔が
いまだに忘れられません